| — | 石野卓球 | TheFutureTimes (via kogumarecord) |
クレジットカード会社から来るDMを見ると、「分割払い」や「リボ払い」を強く勧めていることに気が付きます。
なぜか? それは単純な話で、儲かるから、です。
クレジットカード会社が個人向けに行うビジネスの収入には、
●クレジットカードの年会費
●カードで買った時の手数料(買い物金額の5%程度)
●カードローン(一般個人にお金を貸すビジネス)の利息
などがあります。
消費者として、クレジットカードを利用する場面でいちばん馴染みがあるのは買い物です。そのため、クレジットカード会社はその買い物時の手数料で稼いでいると思っている人がほとんどかもしれません。しかし実際には、手数料ビジネスよりも、カードローンビジネスの方が圧倒的に儲かるのです。
クレジットカード会社の売上構成比をみると、このようになっています。

クレジットカード会社も、消費者金融と同じように、一般個人向けにお金を貸すビジネスを行っています。あなたが持っているクレジットカードでもお金を借りることができます。そしてこの「キャッシング(金貸し)」の売上が圧倒的に大きいのです。
| — | カイジ「命より重い!」お金の話 【第4回】 クレジットカードの “リボ払い”は多重債務への入り口 | 木暮太一の「経済の仕組み」 | 現代ビジネス [講談社] (via carbondoubt) |
だが、オバマさんは「無差別殺人を目的とした事件の可能性がある」という意味で「テロ」という言葉を使ったが、その「テロ」が信教や特定の主義主張にのっとって行われた、という意味にとられるのを非常に注意深く排除していた。
CNNのスタジオを中心に「大統領が、テロと言わなかった」という点をしつこく論じていたが、そこにいたゲストの一人が「それはそうです。大統領は多角面 への影響を考えて発言しなければならない。彼の一言が世界を揺すぶる。証拠も何もないときに、そんな誤解を生むような発言は、たとえ心のなかで個人的に可能性を疑っていたとしても、大統領、特にアメリカの大統領として口にすることはできませんよ」と言った。
その通りだった。そしてあの衝撃の最中にそれをきちんとやり遂げたオバマさんはやっぱりすごいなぁ、と思った。そして、あの時にオバマさんがむやみやたら なテロの可能性に結び付けなかった結果、ボストン事件の真犯人が明らかになり、それがチェチェンからの移民だったということがわかった時にも、むやみな宗教、地域特定の話に話が飛ばなかったんだと思う。
トップが理性を説けば、社会にも理性が生まれる。トップが大慌てしてはダメなのだ。トップが私心に揺り動かされてはダメなのだ。トップはもっと広い世界を見つめながら政治を考えて行かなければならないからだ。そこのところを今の日本の政治家のうち、どれくらいの人が理解しているんだろうか?
| — | ふるまいよしこ: 首長の理性、社会の理性 (via yellowblog) |
| — | Twitter / inoko (via otsune) |
筆者があらゆるドラクエ関連のレビューを読んだ中で、一番スリルがあり鬼気迫る読後感と感動を覚えたのが『CURE キュア』などの作品で知られている黒沢清の著書『映画はおそろしい』
に掲載されていたドラクエⅡに関するエッセイである。以下そのページを引用しよう。
「FFⅢをめぐる対談記事の中の、高橋源一郎氏の発言を読んで、ハタと膝を打ってしまった。氏は”やはりドラクエⅡが最高である。ドラクエⅡには殺意が感じられた”と語っている。
そうなのだ。ドラクエⅡ。あれは確かに凶暴なゲームだった。プレイヤーが手塩に掛けて育てたキャラを、容赦なく皆殺しにしてしまおうとするドス黒い意志が全編を支配していた。ダンジョンの奥底でやっと見つけた宝箱を前にして、突如出現したキラータイガー四頭立てによる先制攻撃。それは悲惨としか言いようのない状況だ。バタバタと死んでゆく仲間たちは、棺桶と化して教会へ送り返される。この屈辱から立ち直るのは並たいていのことではない。
いったいいつの頃からだろうか。RPGがキャラを育てるゲームであるという認識が一般的になっていったのは。確かに、主人公がだんだん強くなってゆくのを見るのは楽しい。所持金がうんとたまれば、思わず顔がほころんでしまう。しかし、お金や魔法値を精一杯節約し、取れる宝は全部取って、最短コースでゴールに向かうだけがRPGではないはずだ。終了した時、100万Gたまっていたからといって、いったいなにが楽しいのか。巨大なドラゴンのボスを一刀の元に斬り捨てたからといって、何が偉いのか。RPGが効率よくコトを進めればよいだけのゲームに成り下がってはならない。
ドラクエⅡに戻るべきである。たかがマンドリルくんだりにボロ負けして、命からがら城へ逃げ帰ったことを思い出そう。あれは、はっきり生きるか死ぬかのゲームだった。キャラを育てようなどと考える余裕はなく、僕たちはただ何とかして生き残ることだけを考えていた。ふと気付くと、確かにキャラは成長しているのだが、そんな満足など吹っ飛んでしまうほどの凶悪な罠がすぐ先に仕掛けてある。でも、僕たちは負けなかった。
最初、城の周りを逃げ腰でうろつくだけだった自分が、いつの間にか強靭な意志と勇気を持って死に挑みはじめる。ドラクエⅡは、そんな自分自身のけなげさに涙するゲームである。
はっきり言おう。RPGとは、断じてキャラを成長させるゲームではなく、プレイヤー自身が成長してゆくゲームなのだ。」(P.186-187)
ここで言われているドラクエⅡとはもちろんFC版のことである。後にリメイクされたSFC版とGB版は難易度が大幅に下がってしまった。つまり、本物のドラクエⅡを体験するならばFC版でなければならないのである。
FC版ドラクエⅡの存在は、一種のホラーである。筆者も子供のころ体験したロンダルキアの洞窟の地獄は、はっきりと「悪夢」として記憶に刻印されている。やっとの思いで命からがらロンダルキアの洞窟を抜け出したら、そこは一面雪景色だった。ああ、なんて綺麗なんだと感嘆し、数歩踏み出すとさらに凶暴なモンスターがウジャウジャと現われてきたのである。
FC版ドラクエⅡは『バイオハザード』や『サイレントヒル』シリーズより「おそろしい」ゲームであった。
| — | ビデヲゲーム研究室: 映画監督、黒沢清の鬼気迫るFC版ドラクエⅡ レビュー (via g0nsuke) |
| — | Twitter / @eve_kawa (via ajinotatakinamennna) |
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POLAR BEAR BLOG: 「やる気」は後からついてくる —- 後からついてくるってこういう事だったんか・・・ (via komaku) (via yoosee, wozozo) (via quote-over100notes-jp) |
アイデアをメモし、それを読み返し、またメモを書いた。
その数、3500冊。
ピンチに陥ると、エジソンはノートと相談した。
たとえば1900年、エジソンが出資していた鉄鉱石採掘企業が倒産寸前の事態に陥った。
エジソンはノートをひっくり返しあちこちを詳しく読み返して、その企業の組織とノウハウをもっとうまく活用できる道を探した。
セメント製造に転換できることが分かった。企業は息を吹き返した。
新しいアイデアでうまくいった時も、エジソンはノートを見なおした。
新たに得られた知識やノウハウを使って、以前に捨てたアイデアやいきづまった発明(これらは一杯あった)を掘り起こし、今ならうまく出来ないか、少しは前に進めないかと試していった。
たとえば頓挫したままになっていた電報用海底ケーブルのアイデアは、新たに発明した電話に応用することができた。
ゼロからはじめなくても、いざという時に使えるものが、ノートにたくさん見つけることができた。
ノートには自分のアイデアだけでなく、他の発明家が発表した論文や紹介記事、誰かに先を越された特許、自然や社会の出来事についての感想も書きつけた。
他人が成功した事例を元にして、別の分野でうまくいきそうなアイデアを考えるのに、こうしたメモを用いた。
独創性や斬新さなんて、ほとんど問題にならなかった。問題を解決することができれば、それで十分だった。
自分の発明についても、他人の発明と同様に取り扱った。
つまり自分の成功した発明を元にして、別の分野でうまくいきそうなアイデアを考えるのに、ノートを読み返して新たにメモをとった。
たとえば電話の発明を元にして、蓄音機のアイデアが生まれた。
蓄音機の発明と機構は、キネトスコープ(1人がのぞきこんで見るモーション・ピクチャ=映画)に結びついた。